「田舎暮らしをプロデュースする」 石見銀山生活文化研究所
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株式会社 石見銀山生活文化研究所
ブランド「群言堂」
専務取締役:山崎紀明氏 〒
694-0305
島根県大田市大森町ハ-183
TEL:
0854-89-0131(代表
)
ホームページ
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【一口メモ】
1988年松場弘之氏(現社長)により(有)松田屋が設立される。手作り感覚のエプロン、キッチン小物、インテリア等を「BURAHOUSE] ブランドとして、主に国内の百貨店を中心ににショップ展開。 94年春、新しい展開として「和」をコンセプトとしたブランド「群言堂」を発表。団塊世代の感度の高い女性をターゲットにし、ウエアだけでなく、生活雑貨も視野におき、「暮らし方」提案をコンセプトにおいた。
手ごろな価格が受け入れられ売上は順調に伸びている。また、できるだけ消費者の近くにあって商品企画をする上で、直営店の出展を加速している。
素材にこだわりオリジナルの生地開発に力をいれ、婦人服を主力としたブランド「群言堂」を企画デザイン、生産、販売までを自社で行っている。今日、安い輸入品が氾濫し、服が使い捨てとなっている。私たちは、日本の気候風土に合った素材やデザイン、着ることによって気持ちが安らぐ服を日本の織物技術を生かして創りたいと願っている。石見銀山に暮らし、ここでものづくりをすることに意義がある。「生き方産業」をめざし、田舎暮らしのすばらしさを都会の人に伝えることにも力を注いでいる。
また、同社の取締役所長であり群言堂のデザイナーの松場 登美氏は国土交通省の
『観光カリスマ百選』選定委員会
が選定する観光カリスマとして登録されており、石見銀山を中心とした大田地域の活性化に積極的に取り組み、観光客を増やすことに貢献した人物として広く知られている。
【参考ホームページ: 『観光カリスマ百選』松場 登美】
概況
1988年5月 (有)松田屋設立
1994年2月 ブランド「群言堂」発表
1998年9月 (有)松田屋より分社 (株 ) 石見銀山生活文化研究所設立
代表取締役:松場 弘之氏
2000年2月 京都修道院に路面店 群言堂 京都店OPEN
2000年3月 東京六本木に34坪のショールームOPEN
2002年1月 ( 有)松田屋と合併
2002年9月 本社機能としてのワークステーション完成
2004年11月 新ブランド 群言堂 登美 Tomi Dairy 群言堂 Daikichi 群言堂 hina 群言堂 Living
関連企業 ( 有)ビーチコーマー
私たちの住む大田市大森町は、東西に長い島根県中ほどの日本海沿いに位置しています。大森町というよりは、石見銀山という方が馴染みがあるかもしれません。 700年という長い歴史を持つ石見銀山は、最盛期には一万貫の銀を産出し、宝の国としてマルコポーロによってヨーロッパにも紹介されていました。当時 20万人が住んでいたとされる町並みは、代官所、武家屋敷、商家、郷宿などが点在し、栄華を偲ばせています。
しかし、銀の産出量の減少に伴い、人口が激減し、今はその頃の賑わいもはやなく、 500人足らずのひっそりとした町になりました。一挙に人がいなくなった町は余分な開発にさらされず、おかげで町並みが自然な形で残されています。こうした背景を持つ石見銀山をこよなく愛し、都会には出来ない田舎だからこそできる心温まるものづくり、そしてこころ優しい人づくりをモットーに、日々励んでいます。
何もないようにみえたこの町になんとたくさんの宝が隠されていたのでしょうか。毎日宝の発見に驚きながら、この町でしか表現できないもの、この町にしか創れないものづくり。それが私たちの願いです。
【田舎暮らしをプロデュースする“石見銀山生活文化研究所”】
大森町や大田の地元の人はそれを“ブラハウス”と呼ぶ。
正式な会社名は、「石見銀山生活研究所」という少々かたい名前だ。
大田市大森町のような田舎の暮らしをイメージさせる雑貨をはじめ、「群言堂」と呼ばれる人が自然体でいられるよう服も販売している。まさに、石見銀山生活研究所、通称ブラハウスは“田舎暮らしのスタイルを売っている”のだ。
「石見銀山遺跡のある大森町で暮らし、働くからこそ出てくるアイデアを形にした商品を売りたい。」と今回取材を受けて下さった、山崎紀明専務は答える。群言堂の店内にディスプレイされている商品を見ると、ここでしか作れないものを本当につくっているのだ、と納得させられてしまう。
それはなぜなのか、もう少し探ってみる必要がありそうだ。
本社は古びた鉄の赤茶けた外装にもモダンな雰囲気が漂い、大森の古い町並みに合った外観で建っている。外観からはとても想像がつかないくらい中は広々としたオフィスになっている。隣には、鄙屋と呼ばれるかやぶき屋根の平屋があり、そこは社員がお昼を食べたりする休憩所になっている。囲炉裏を囲んでの昼食とはうらやましい!
山崎さん曰く、「ここにいる社員は特殊な人たちばかりではない」と言う。デザイナーの方など少なからず専門職の人がいるとしても、大田市内の従業員は多く、特殊な人材というわけでもなく、ここに働いている。
群言堂の服飾ブランド“登美”をデザインする松場登美さんも、この業界に入るまで、デザインの勉強はしたことがなかった」というから驚きだ。
山崎さんは、「働く上で一番大切なものは優秀な人材よりもむしろ「志」と言う。会社がしっかりとした経営理念を持っていれば、それに適う人材は後からでもついてくるという。
群言堂の経営理念のキーワードは「石見銀山」だ。まちはもともとあるもので、そこに会社があるということは、大森というまちに会社は生かされている。だから、まちが死ぬと会社も死んでしまう」という。
大規模の商業施設が建つからこそ、まちが活気付くということではなく、その土地にいるからこそ感じ取れるものをそこにいる人達が生かすことこそが、そのまちを活気付かせるのだ、と山崎専務は言う。
でも、人々に自信を持ってすすめることのできるほどの生活をこっちがしておかなくてはならないので、大変だ、と笑いながら言った。
【山崎さんとブラハウスの出会い】
山崎さん自身は、今の会社で働く以前は、プリミティブアートと呼ばれる古美術品を日本で売るためにアジア、アフリカを中心に買い付けに行くディーラーの仕事をしていた。民具などの美術品の多くは部族などから購入する。そのため、仕事ではアジアを中心にカトマンズ、インド、インドネシアと各国を飛び回っていたそうだ。
しかし、バブル期が終わったあたりから、東京での暮らしにそろそろ区切りを付けて、実家のある大田に戻ろうと思ったそうだ。
「東京での暮らしはいつも刺激があって面白い。でも、刺激を追い求めるとキリがない。もっと自由な生活の中で、本質的なものを見たくなったんです。」
40 歳を過ぎた山崎さんは勤務していた会社を辞め、大田に戻ってきた。
戻ってきた当初はアジアの民芸品などを自分で買い付けに行き、それを大田で販売していたが、大田で民芸品を買う人も少なく、自らトラックに商品を積み込み、直接店に持ち込み売り歩いていた。
いつものように販売をしようと群言堂に入ったら、なんと店主は松場弘之さん(群言堂の現社長)だった。二人は高校時代の同級生で、本当に偶然の再会だったのだ。
車に積んであった民芸品は、新築の家を建て、インテリアを探していた松場夫妻にとってはまさに巡り合わせだったそうだ。その出会いからすでに 15年、山崎さんは群言堂で働いているのだという。
【儲ける商売じゃない】
石見銀山が世界遺産になることについて聞いてみた。
「世界遺産登録というと、観光振興に目が向きがちだ。でも、商売人としての私の考えは、人が来るから儲かるというものでもない。人が来ても、いいものでないと買わない。私たちのお店では、人を呼ぶようなことはやっておらず、
むしろ制限して、本当に群言堂の商品を分かってもらう仕掛けをしています。」
例えば、店内の空気。いつも澄み切った凛として空気を維持するためには徹底した掃除を欠かさない。つねに綺麗に保つようスタッフが心がけているそうだ。
そうすることで、空気がはりつめたようになる。店内に入るためにはスリッパをはかなければならないようにしたのだ、少人数の人にその場所をゆっくりと楽しんでみてもらいたいから。
「私たちは、人にモノを売るのではなく、コトを売っている。石見銀山のある大森町でものづくりをすること自体が意味を持っていて、お客さんにはその商品を買うのではなく、その石見銀山のある土地でできる背景も買ってもらっています。」
【2ヶ月間、素材にかける想い】
群言堂のブランドで、一番気を使っているのは、素材だという。
95%をオリジナルで作っていて、素材は、機械選びから始まり、染めて、織って、加工の作業までこだわりぬく。色は昔の染物を参考にしたり、地元の花や草などの自然な色を参考にして、再現するように染めていく。
一枚の布として出来上がるのに約2ヶ月位かかるそうだ。機械は新潟県の低速機という機織機が、何とも言えない風味ある素材に仕上がるそうだ。
縫製は主に、県外や海外で行い、アイデアや企画は大森で行っている。大森にいるから生まれるイメージを生地にする。
機織機などは、生産性の問題から、いまは使われなくなり、どんどん廃業が進んでいる。技術を活用することで、それが保存されていく。こんなところで、群言堂は会社に地域に生かされているというのかもしれない。
【復古創新】
石見銀山生活文化研究所が目指すところは、田舎暮らしの生活提案ができる企業でありたいという。田舎ときくと不便だとか、そんなマイナスのイメージもある。でもそこには都会にないものがあり、古いものがある。その古いものを少し発想を変えて遊び心やアイデアを加えると、新鮮なものになるのだ。
でもその新しさに気づかないことが多い。
みなさんも、近所のまちをいちど歩いてみるとどうだろうか。アイデア次第で新しいものに変わる原石は以外と近くにあるのかもしれない。
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大田市の企業家へ突撃!インタビュー 石見銀山生活文化研究所 ブランド「群言堂」
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