「ないなら自分で作るしかない!」 岩崎目立加工所
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有限会社 岩崎目立加工所
代表取締役:岩崎 義弘氏
〒694-0064
大田市大田町大田ロ204-12
TEL:0854-84-7246
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“目立て”今回取材するまでこんな職業があったことを私は知らなかった。
刃の目を立てる、というところから、目立てとはのこぎりなどの刃を研ぐ仕事だ。
岩崎目立加工所は、この目立て業を生業としている。
帯鋸と呼ばれる鋸を加工機に装着し、木材を切ったり、表面を加工したりする。 帯鋸にはかなりの負荷がかかるため、刃は数時間でぼろぼろになってしまう。 これを修理する職業が目立てだ。
しかし、どんなに刃を研いでも、限界はある。
刃自体がもろいと、研いでもすぐまた刃が欠けたりして使い物にならない。
この現状をどうにかして変えようと思い、必要に迫られ岩崎さんは「インサートチップ刃」という取替え可能な刃の開発に至った。帯鋸の刃の先端部分取替え可能にすることで、帯鋸全体を最大限に活用でき、また、インサートチップ刃も耐久性の優れたものに開発した。
これによって強靭な刃が作業効率を上げ、結果加工技術者にとってのメリットが大きくなったのだ。
このインサートチップ刃の開発技術は世界的にも注目を浴びている。
【楽な仕事を選ぶ】
岩崎さんが目立てを継ぐことになった理由を聞いて驚いた。しかも、創業者の先代もほとんど同じ理由ということだ。
「楽そうだったから」この一言に尽きるという。先代曰く、当時目立てはもてはやされていたため、就業時間が極端に短く、「これは目立てになるしかない」と創業したのがきっかけだった。
そのような理由で創業した先代も、岩崎さんが物心つくころには、“名人”と呼ばれ、就業時間は極端に短かった。そういう父親の一見楽そうに見える姿を見て育った岩崎さん自身も、「これは目立てになるしかない」と思ったという。
しかし如何せん、その目立ての道のりは決して平坦な道のりではなかった。
何ミクロンという誤差を、感を頼りにして加工する。 一歩間違えば帯鋸は技術者にとって凶暴な存在となるのだ。
【親父を超してなんぼの世界】
「私が事業を継ぐとき、親父をクビにしたんですよ。」社長の岩崎さんはそう言った。
普通なら、先代を自分の師匠・目指すべき存在として見ることが多いと思うけれど、父親で、しかも目立ての名人と呼ばれていた先代を、岩崎さんが 27 歳のときにクビにしてしまったのだという。
原因は経営方針の違い。先代は、お客さんが喜ぶなら、採算性がないことも引き受けていた。しかし、会社を継続させるためには、利潤の追求も必要だ。
「父親の代を継ぐことは簡単だし、事業がうまく行っていれば、しばらくは何とかやっていける。でも、それはただの惰性でしかない。父親が上にいる限り、それは父親の掌の中での自由であって、本当の意味での自由を手に入れるためには、隠居してもらうことが先決だった。」
【ないなら自分でつくるしかない】
「ない」から「ある」は出ない。「ない」のなら、自分で「ある」方法を考えるしかない。
これが岩崎さんのスタンスだ。
「大田に人がいない、なら人を集める方法を考える。」
岩崎さんは探究心の塊だ。気になることがあれば、調べずにはいられない。
木材加工をする帯鋸を日々、岩崎さんは加工しているが、加工する対象である木材自体にも興味の分野を広げ、一本1億円以上もするバイオリンつくる木材とはどんな木材なのか、とイタリアにあるストラディバリウスの森まで行ってしまう程の行動力と探究心の持ち主だ。
【マーケットの重要性】
どこにどう売り出していくか。
これを見極めることが事業の展開に必要で、製品を売り出す時の市場調査は欠かせない。
大田での工業は都会に比べて、「重くて、安くて、でかい」の工業製品は生産者にとっても消費者にとってもデメリットが大きい。 しかし、これを「軽くて、高くて、小さい」製品にすれば、都会との競争力もついてくる。
岩崎目立加工所はこれを実現した理想的な例といえる。
岩崎さんの言う成功の秘訣は、「人の知識を学ぶこと」だという。岩崎さんの裏には知識を多く学び、探究心でもって行動することにあるのだ。
【こだわらない仕事】
岩崎さんの仕事にこだわりはないという。
「今は今の仕事が楽しいからやっている。今度この仕事以上に楽しい仕事が見つかったら、辞めるかもしれない。」
自分の探究心と感性でもって生きていて、岩崎さんの自分に嘘をつかない、そんな生き方に憧れの気持ちでいっぱいになった。
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大田市の企業家へ突撃!インタビュー 岩崎目立加工所
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